佐渡金山

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RICOH GR DISITALⅡ
S 1/30 F 8
以下
史跡 佐渡金山
http://www.sado-kinzan.com/index.php
より引用
<佐渡金山の歴史>
佐渡金山は、1601年(慶長6年)山向こうの鶴子銀山の山師3人によって発見されたとされ、本格的な開発が始まりました。以降盛衰を繰り返しながら平成元年3月31日まで388年間採掘が続けられました。この間に採掘された鉱石は1500万トンに及び、金78トン、銀2300トンを産出した日本最大の金銀山でした。
坑道の総延長は約400キロに達します。このように、江戸時代から平成まで操業が続けられた佐渡金山には、国内の鉱山ではもはや見ることのできない多くの史跡、産業遺産が残されています。
~江戸時代~
江戸時代、佐渡金山は徳川幕府直轄の「天領」となり、その豊富な産金量は300年にわたる幕府の存続を支えました。金銀山の景気にわく佐渡を目指して、全国各地から鉱山技術者や商人、労働者たちが集まり、それまで百姓の寒村だった島に突如人口5万人とも言われる大都市「相川」が誕生します。江戸と直結していた佐渡には、当時最先端の知識や技術がもたらされ、全国各地から集まった人々は地域色豊かな文化を佐渡に根付かせました。開山から約100年で坑道の深さが海水面にまで達した金山は、坑内の湧水に悩まされるようになりました。江戸時代の坑道は、水没による放棄と排水技術の向上による再開発の繰り返しで、「水とのたたかい」だったとされています。
~明治時代~
明治に入ると、新政府は明治2(1869)年、他鉱山に先駆けて佐渡鉱山の官営化を決め、西洋人技術者を招いて近代化に着手します。さらに明治18(1885)年には、当時の鉱業界の第一人者、大島高任を初代佐渡鉱山局長に迎え、更なる近代化と拡張が図られました。この過程では国内初の西欧技術が数多く佐渡鉱山で実地に使われ、近代化の模範鉱山となりました。明治23(1890)年には鉱山学校も開校し、当時最先端の鉱山技術を授けたほか、他鉱山からも研修希望者が多く、近代化を担う技術者の養成にも貢献しました。
~三菱時代~
明治29(1896)年、それまで皇室財産だった佐渡鉱山は三菱合資会社に払い下げになり、民営化されました。以後、平成元(1989)年の採掘中止に至るまで、三菱による経営が続きます。昭和に入り、国策によって金の大増産が始まると、佐渡には東洋一の浮遊選鉱場が建設され、中心的役割を担いました。
以上引用
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by aozoracafe123
| 2011-09-24 10:53
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